螺旋






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2011年05月18日(Wed)
螺旋
今日は午後から倉敷市茶屋町で計画しているファースの家新築工事現場の敷地の寸法確認の為現地へ行ってきました。

大きな敷地の中への新築という事で建物の配置は特に重要な部分となります。

「今」だけを考えれば「お好きな所へ」となってしまうのですが、将来起こりうるあらゆる状況を考え試行錯誤の末に建物の配置を考えます。

とりあえず、未来に向けての最も良い場所を確認できた事は今回の家づくりへ向けてまた一歩前に進んだように思います。

「狭ければ狭いで」、「広ければ広いで」どんな状態でもやはり苦悩は付きものなのです。

家づくりから話題は逸れますが、どんな人にも何かしら苦悩がある事は間違いないと言っても過言ではないでしょう。

どんなに成功を収めた人でも、どんなに裕福な暮らしをしている人でも、どんなに勤勉で他人から尊敬を集める人でも・・・

誰もが心のどこかに何かしらの苦悩を抱えていることは普通にある事なのでしょう。

その苦悩は「物」や「お金」であったり、時には「孤独」であったりと人によって様々な「欲」として苦悩となります。

仏教では煩悩と呼ばれ、人間には108つの煩悩があるとされていまして除夜の鐘を108回衝くのは108つある煩悩を滅する為というのが私たちには一般的に聞く話です。

この108つの煩悩を打ち消す事が本当に出来るのか?と考えてはみますが調べれば調べる程に実際には限りなく不可能な気がしてなりません。

ただ分かった事は煩悩の多くは「自我」の心に依るものではないのか?という程度。

自我とはエゴ、利己主義と捉えるのが一般的ですが、では自我の反対にあるものはと考えると・・・

誰もがそうだったように生れたばかりの無意識な赤ちゃんには自我など存在しません。

始めて自我が芽生えるのは三歳頃だと言われます。

そうして考えると自我とは歳を重ね、人と接し、何かを学びと人が生きている内に芽生える心なのでしょう。

つまり自我の反対にあるのは「無意識」であり「自然」ではないのでしょうか?

写真は家の末っ子長男「けいくん」の当時、産まれた頃に撮った写真です。

こんな彼もすでに2歳、徐々に自我が芽生えてきています。

数日前のブログに書いた「三つ子の魂百まで」の言葉に従えば、自我が芽生えきる前に人としての基本的な在り方を教える一年間ではあります。

2歳の子には「何も分からないでしょう」「もう少し大きくなってからでも良いのでは」という考え方も在るのかもしれません。

しかし、彼はきっと彼の人生の中でも最も素直な気持ちで私の言葉を聞いてくれています。

私自身ももう一度辿り着きたい境地ではありますが、そこを目指すこと自体がすでに新しい煩悩の始まりなのでしょうね。



   


林 俊文の想い

幸せの感じれる家づくりのお手伝いのできる大工職人として・・・

あたりまえの幸せを感じさせてくれる3姉妹&末っ子長男の4人の成長を願う父親として・・・

妻・両親をはじめ、様々な形で私に関わってくれる多くの人たちに日々感謝しています。

こんな多くの人と接する事のできる幸せを感じながら、自分の人生に悔いを残すことなく夢を追いかけていきたいと思います。

いつの日か私の大工職としての技術と想いを受け継いでくれる人が現れる時まで・・・

そして私が手がけた家が私が大好きな街でもある岡山・倉敷の街並みを少しでも彩ってくれるその時まで・・・


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カレンダ
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